シラチャのたまてばこねこ三匹+むすめ三人+妻+夫の生活大変記

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
懲りない 17:23


或る日、豆腐ハンバーグをつくる。


ネタだけ見るとまるで「おからの炊いたん」みたい。
木綿豆腐にエリンギのみじん切りをいれて、たまねぎ、パン粉、片栗粉。



焼くとさまになってくる。

好きなもんばっかり飲み喰いしてきた夫にはそろそろ食事療法が必要。
豆腐ハンバーグをつくっているとき、興味も関心もない、という顔で見守っていたが、出来上がったものはウンおいしい、と食べてくれたが、やっぱりこってりしたものが欲しくなるようで・・・・
結局、店でこっそり唐揚げなぞほおばってる。

「どういう将来を過ごしたいかやね、問題は。
今、快楽にばかり走って、晩年キャベツ丼しか食べられへんようになるか、今、精進して、細く永く人生を楽しむかやねえ・・・あなた、どんな生活がしたい?」
あるときそうやって夫に説教がてら聞いてみたら、

飲むッ 打つッ 買うッ
と大声で返事が返ってきた。

この夫はー、何から話せばわかってくれるんか・・・

で、結局この話の後は、「飲むのはダメでしょ、買うのもダメでしょ、じゃあ残り一個だけ、お願い打たせてちょうだいおかーちゃんお願い。」と懇願に変わる。
私が麻雀で怒るのは、夫がこっそり脱走するからなんだが、「なぜそうなん。」とある朝、待ち構えて詰め寄ったら、
「行ってらっしゃい、力いっぱい戦って奮闘していらっしゃい、って微笑んで手を振ってくれたら、オレも堂々と行けるのに、どうしてお前は冷たくするんだ。
 ”あっ今晩は麻雀?良かったねえー行ってらっしゃい。思う存分腕をふるってらっしゃーい” とかなんとか、お前はなぜ言えないんだ。」

と、逆ねじを食わせてくる。
巧みというのか、ちゃっかり欺こうというのか、はたまた単なる朴然仁というべきなのか、なんともいえぬ返答をする夫。

結局これで通算何度目になるのかしらん、禁止した麻雀をまたまた許すはめになる。













| 生活記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
実るほど 12:35


年間の自殺者が3万人を超している日本。
精神を鍛えるということがどれほど大事なことかつくづく思い知らされる。
わたしたち人間の人生というのは、だいたいのところ、だいたいなんとかなる、なんとかいくようになってたりするものだけれども、滅多にないとはいえ、ときに最悪の状況というのも幾度か経験させられる。
この "最悪の状況" というのに耐えられる精神をつくらなければならない。
そういう精神力を持たなければならない。
こういうのは一朝一夕にできるものじゃあないけれど。

最近、父から指摘されたことだが、・・・
「(孫の)長女の字が上手になったねえ」と便りをくれた父に、「うまくなってきたのよ」と何の気なく返したところが、少したってから父からメールが来て、
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
と、そういう精神で僕は育ちました、と。
たわいもない親子の会話だったからまだ良かったようなものの、他人の前で、また不適切な場所で、私がついうっかりするかもしれないと思って軽く諌めてくれたんだろうと思う父は。

最近は、わが子のことをまともに平然とほめる、最大限の賛辞をおくるという親もちらほら見かける。
わが子に向かって、というのではなく、第三者である他人に向かって、
「うちの子は、親バカですけれども、すごくよい成績をとってきて・・・」
「ほんとうによい子なので・・・」
これでは返答に困る。
昔から愚妻とか、豚児とか、愚兄とか、そういう表現があったけれども、そういえば、私も父からほめてもらったということは一度もない。たぶん兄も姉もないだろうと思う。
おそらく昔の世代はだいたいがそうだったろう。


けれども、タイの国とかマレーシアなんかもそうだけれど、「うちにはお金がいっぱいあって、うちはお金持ちなんです。」というのを平然といってのけたりするから、こういった謙遜、自戒の価値観も民族性によるものといえるかもしれない。
日本の今の親世代というのも、変わってしまったんだろう。
優位とか劣位とかというのは、しごく自然な現象であることなのだが、人を見下すことで自分の優位性を保とうするそういうちょっと卑しさを秘めた意識が、結局のところ昨今の「わが子自慢」現象を引き起こしているのかもしれない。
プレッシャーを与えられ続けている子供は、将来が心配でもある。
精神的な拠り所が人からの優位、人からの評価、というところだけになってしまうとだいぶ弱いだろう。


 
次女、どこか抜けてる。
「い」をかいているのに、「あ」になってる。
まあいいや、ほっとこう・・・

「子供のうちは、毎日楽しくやってければそれでいい」、と夫に話したら、
「そうだ、アホにはアホで、楽しいこといっぱいあるんだ。アホに勉強させたってますますアホになるだけだ。」

・・・
やっぱりちょっとずれてる気味の夫。
ま、しかしずれてるくらいがちょうどいいのかも。






| 生活記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
昆虫食 23:22


或る朝、起きるなり嘔吐した次女。
次女は胃腸が弱く、三人のなかでも特によくお腹をこわしたり、食べ物が口に合わなかったりすることが多く、ときおりこういうことになる。
熱もなく、本人も行く気なので軽く朝食を食べさせて登校させたのだったが、しばらくして次女の担任から電話がかかってきた。連絡ノートに、今朝嘔吐したこと、着替えを持たせたことなど書いたことにについて確認の電話。
あの子はきょうだいの中でもよくお腹を下すんです、今朝も他の子は大丈夫で、特に熱もないので・・・と話したら、担任は、「そうですか、わかりました。・・・ところで、昨晩は何を食べたんですか?」 と尋ねられた。
「えー、きのうはトマトソーススパゲティ食べて・・・、それでから げた、・・・」

言ってしまってから、アッと思いだしたが、隣に住む坊やがときどきナイトマーケットで虫を買って食べるのを気持ち悪そうに見ていた私や子供たちだったのが、昨晩は、あんまりおいしそうに食べているので、うちの末娘がこらえきれずに、「食べたい」 とムシャムシャ食べてしまった。それでわれもわれも、と長女次女も手を出してみんなして食べちゃった。(私は気持ち悪いので食べなかった)

「あー、あの油が悪かったんですかねー」
と、つぶやきかけた私に、案の定先生は、はっ? 揚げた・・・何ですか?」 と、まっとうな反応を投げかけて来て、つい、なんというかあせってしまった私は、隠微しようと口ごもったところを、
え、なにを揚げたの食べました? と容赦ない追求が。
揚げものの油が悪かったという話どこしじゃなくなってきた。
この先生、実はタイに来てまだ数週間、この年明けから赴任してきたというホヤホヤ、しかもそこそこ年輩の方なため、イモ虫焼き、とか、タガメのす揚げ、イナゴのカリカリ揚げ、など、彼女の食文化の許容範囲を軽くオーバーしてしまうであろう刺激的で濃厚、かつ悲惨な話題をふったら、・・・その後の収集がつかなくなる。
そんなものだから、「揚げた・・・あー、揚げものです。」 しどろもどろになって誤魔化しきった。


タイの国には虫を食べる地域があり、ナイトマーケットなどでは意外にも人気の屋台。
しかし、慣れない者は、やっぱり敬遠すべき。






 

| 生活記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
Water "apartheid" 〜中東の問題 00:19


イスラエルのウェブ紙Haaretzで、イスラエルにおけるユダヤ人入植者が、先住民パレスチナ民族に水を制限しているという、"アパルトヘイト"的な差別実態をフランスが告発した、というニュースがあった。
ニュースによれば、水の制限のほかにパレスチナ地区における井戸を意図的に爆撃したり、パレスチナ自治政府が計画する水資源確保の計画もイスラエル政府はブロックしているという。
これほど露骨な差別は、もはや迫害や侵害というべきだが、イスラエル入植者よるパレスチナ侵害は何も今に始まったことじゃない。


15,6年ほど前、一葉の写真を見た。
作者も題名も忘れてしまったが、背後にイスラエル入植者たちのプールがあり、手前の荒野地帯を、あきらかに貧弱な風情のパレスチナの少女が水が入った桶を持って家路にむかう、といったものだ。
そのときに受けたショックが忘れられず、イスラエル、パレスチナ関連の写真を見れば、注意してみるようになったが、いまだにそれとは再会できない。
その代わりに、多くのパレスチナ問題を扱う写真を見るようになった。

数年前、Judha Passow という在米ユダヤ人写真家によるイスラエル人とパレスチナ人の風景を綴った写真集が出た。 Shatterd Dreams この表紙が、下記の画像。



日本人で、広河隆一という写真家は、主にパレスチナ、アラブ地域で活動し続け、パレスチナ問題を取材している。

この20年間に私は何十回と中東を訪れた。
・・・(略)
私が消息を確認できない人の数は年々増え続けている。それでもレバノン南部の前線で、思いもかけない再会をすることがある。
しかし、そのように生を確認できる場合よりも、死を確認しなければならない場合の方が圧倒的に多いのは事実だ。私はパレスチナ問題に出会ったあと、最も価値のある写真とは、記念写真あるいは肖像写真だ、と考えるようになった。人々が生きている証しを残し、伝えることが、この地ほど求められている場所はないだろう。
(広河隆一 『パレスチナ』 岩波新書)


ナブルスのバラータ難民キャンプを捜索するイスラエル兵。彼らは動くものがあると反射的に照準を合わせる (2002 年 3 月 1 日) HIROPRESS.net より



私は10数年ほど前に2度、イスラエルに入国したのだったが、そのときの困難な旅は一冊の本が書けそうなくらいだ。
多くの忘れ得ない思い出があるが、ひとつ、ゴルゴダの丘に建つ聖墳墓教会へいたる嘆きの道ビア・ドロローサからうっかりパレスチナ人地区に迷い込んでしまった私は、身震いするほどの憎悪の視線、悪意ある感情をパレスチナ人少年たちから投げかけられ、当初は知らぬふりをしてやり過ごそうとしたものの、しばらくして投石、やがてナイフを持ち出して近づいてきたので、息をきらして走って逃げた経験がある。
彼らの抑圧、苦しみは、憎しみの対象を求めてやまない。
私は上の少年の写真を見ると、いつも、つと心が痛くなる思いがする。





| 生活記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
謡曲 14:18


或るとき夫が、車で好きな音楽を聴いてみたい、と言うので、よしよしそんなら好きな音楽を集めてベストアルバムでもつくってやろう、とやる気になったが、
夫の希望曲が、ロス・プリモスとか、石原裕次郎とか、ムード歌謡のけだるい甘い感じが強いものばかりで、私もこどもも「それはいややー」と、すげなく却下。
じゃあ、謡曲にして、というので、夫のためのベストCDは、
武田節
ソーラン節
江差追分
相馬盆唄
佐渡おけさ


てんこ盛りの謡曲ベストになってしまった。

こんな古臭いの・・・、とはじめは私も鼻でわらっていたのだったが、これがどうしてなかなか、謡曲というのが、これほど素晴らしいものと思わなかった。
江差追分
http://www.youtube.com/watch?v=KOYa2CRLIZA&feature=related
ため息ばかり・・・・すばらしいの一言。




さて、こどものベストCDもつくる。
季節に合わせて唱歌を教えようと思っていたつもりが、すっかり忘れてしまって、気がつけば、秋も過ぎ、冬を過ぎても、うちの長女は、「夏は来ぬ」を歌っているではないか。
反省しながら、昭和唱歌に絞っていろいろ集め、苦労して春夏秋冬の唱歌ベストもつくってやる。


音楽の五官に与える影響は限りなく深い。
クシコス・ポストとか、トリッチトラッチポルカ、天国と地獄、などは、運動会の「かけっこ」の曲の定番、成人した今、これを聞くとどうも落ち着かなくなるのは、私だけではないだろう。
私は少女時代、学校の英語の宿題のときは、必ずビートルズを聴いていたため、今でもビートルズを聴くと、脳裏に、英単語の羅列がポンポン出てくる気がする。

先日、腕をふりながら、子供が軍歌の旋律を口ずさんでいたのにはびっくりした。
いやはや、夫の影響か!
この夫の軍歌好きも、子供たちの将来、あの子たちの心のどこかに根ざして、平凡な日常のなかに突然首をもたげるようにして現れて本人を驚かしたりすることにもなるんだろう。








| 生活記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
ペナン瞑想行 〜時間と宇宙 00:04

毎週水曜日、一念寺では唱題瞑想行がある。
夜8時から1時間強〜1時間30分ほど。
前回夏に来させてもらったときに、この水曜日の瞑想行でよい経験をいただいたので、明けて1月3日の水曜日、ぜひにと参加させてもらう。意外にも夫が自発的に行くと言い出したので、みなそろって参加するが、子供たちにはやはり無理があり、自然と寝入ってしまった。



瞑想行は、無理なくできるときと、かなり無理をしなければならないときがある。
20歳前後のころ、私は禅寺に通っていたが、当時の座禅2時間はきつかった。
しかし30を超えた今、ただひたすら座り、黙然と集中できるということ、これほど充実した次元もないものに思われる。

宗教というのは、語れば語るほど、論理のごった煮になってしまうものだ。
私にとっての幸運は、宗教的感性を育成できるだけの土壌と環境に恵まれたことだが、
私にとっての不幸は、この発想と直感の源泉をたずねんとして、あれやこれや食いあさり、食い散らかして、食傷気味の膨満感に悩まされることだ。
瞑想や座禅が私にとって有意義にはたらくのは、ほとんど実用的な働きをしないのに絶えず稼動エンジンがかかっている私の理性を休ませ、この理性によって超高圧がかかっている私の感性や感情的部分を解放させることができるからではないかと思う。



生命体を包容しているのは宇宙であり、その宇宙を包容しているのは時間である。
時間、とは、わたしたちの想像を超える太初それ以前から、同じくわたしたちの想像が及ばない宇宙の未来それ以降まで、わたしたち人間の、全生命体の、意識、無意識、全知識、全認識、全活動を、そして生死の一瞬一瞬を、ただひたすら包括し集積して、ひたすらまどろみつづけて、全宇宙を領している。

かつてインド法輪寺の木村お上人さんが、「祈るということは、永遠とつながることでしょう。われわれはこうやって毎朝毎夕、永遠なるものとつながっている・・・・」 と、大変解釈のむずかしいことを言われたのが印象に残っている。
静寂の道場のなか黙然と坐して、やがて宇宙的虚無のなかにいっさいが漂い始めるかのような瞬間というのがある。酩酊の瞬間にも似ている。
一切の風景がからめとられ、すべての変化、すべての多様、成り行きと有り様が、呑みこまれてゆく・・・・・・宇宙をすっぽり包み込んでなお飽き足らぬような茫洋とした時間の出現ともいえる。
こういった時間は、太陽と月、太陽と月、との繰り返しによる一日の変貌、また一年の天空の星辰を巡りめぐらせる、私たちの生活に近しく慣れ親しまれる時間という概念とはかけはなれている。

存在のうちのなにものも独立せらるるものはなく、また観念もなく、現象もなく、抑揚もなければ記憶もない、何もない茫茫たるもの・・・・
瞑想は、時間というものの妙に触れるそういうひとときでもある。


しかし瞑想を語ることは、じつに困難だ。



写真: Mark Power
(The Shipping forecast シリーズから  1995年)







| 旅行記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
ペナン 〜食事 08:18


毎度毎度、世話になる中華系マレー人のおじちゃんとおばちゃん、彼らのお陰でこのたびもおいしいペナン料理を満喫することができた。

タイ料理にもあるような内容だが、食してみると、味が全然違う。想像以上のおいしさ。


私の好きなのはラクサだが、夫の好きなのは、ホッケンミーとカーリーミーだ。
うまいと怒って食べるのが夫流。カーリーミーをすすりながら、うなっている。(けものか)




ペナン=食の眠らない町 で、毎度毎度、助けられる消化薬、保済丸。

このお陰で快食、胃腸は爽快。




| 旅行記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
ペナン 〜休日のひととき 08:08

ペナン3日目。 
お寺にお参りに来たとはいうものの、何か心躍らせるような経験もさせてやらねば、と、子供たちにはパヤ島へシュノーケリングへ連れていってやりました。


ペナン島からパヤ島(プラウ・パヤ)へは高速ボートで2時間。

パヤ島は国立保護公園になっているらしく、島に立ち入られる区域は海岸のみ、ゴミ捨て、えさやり、魚との接触禁止とか、・・・いろいろ説明を受ける。
海の真ん中に浮かぶプラットフォームからパヤ島へアクセスする。無人島のパヤ島には港はない。

(左)プラットフォームからパヤ島を望む   (右)魚がいっぱい。クロダイ、小さいサメなんかもいる


お昼ごはんを挟んで5〜6時間、小さい三女は浮き輪で遊び、残りはみなシュノーケル。
一番消極的だった夫が、いちばんはりきって楽しみ、一人でどんどん潜っていく。
当日は強い日差しで、浮き輪プカプカしていた三女は背中をおおやけど、私たちも露出部分がひどい火ぶくれに。スーツ水着を着用したほうが賢明でした。



「くつろぎたい、休まりたい、自由にさせてもらいたい・・・」 というつぶやきがとまらない夫のために、明けて正月1日、私たちは g hotel という海岸通りに立つホテルへ移動し、夫には18時からカクテルタイムがあるラウンジに毎夕通い、のんびり過ごしてもらう。
サンドイッチなどの軽食、ケーキやクッキーなんかもあって子供たちも喜んだ。

旅の思い出にちょっぴりスパイスをきかしてくれるのは、私たちのペナン島における友人である中華のおじちゃんとおばちゃんである。或る晩、ラウンジのことを聞きつけたおじちゃん、突然乱入し、驚く私たちを尻目にちゃっかりただ飲みして喜んでいる。いやはや、まったくたくましい。
おじちゃんの飲んだ分、うちらの部屋につけとってくれたらいいですよ、とレセプションの人にそういうつもりでうなずいたりしたんだが、結局ついてなかった。大目に見てくれたんやね、やさしいな。

和尚さんが、今度タイに行きますよ、あのおじちゃんとおばちゃんといっしょに行きますから・・・・とか言うので、 「いやいや和尚さん、一人できてくださいよ、ほんまに」 と真面目な顔して頼んだら、苦笑されていました。



「この冬、ちゃんと算数やってくださいね」 と、担任および特別教科担任からどっさりもらっていた山のような宿題を、クリスマス過ぎまで、ずーっと放ったらかしにしていた私と長女。

仕方がないので、ペナンのホテルで宿題をやる。




| 旅行記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
ペナン一念寺 〜新年 12:42

 私たちはペナン島法華山一念寺で2012年辰年を迎えた。

実は、31日に突然亡くなった方があって、31日から1日にかけて一念寺では大わらわだった。寺に泊ることになった私たちも、寺の総員一同が通夜に出るというので、そのお宅まで行って読経に参加する。うちらも去年だったか、いちど食事をごいっしょしたことがある人だ。


今日は送る身だ、しかしいつかは私もゆく身。生命あるものにとっては、死こそ生の保証だ。

みな大合唱の読経がえんえんつづくなか、見送られる陳先生。




さて、新年一日。

お勤めの後の説法だが、人はだいぶん少ない。
みな、陳先生の葬儀にではらっている。

ここではすべて英語での説法なのだが、この和尚さんは、イギリスに留学されていただけあって英語には堪能であるものの、仏教的な概念は、アジア各国で仏教の花開いた土壌によって培われてきたものがあるだけに、西洋の言葉である英語に置き換えて、仏教の説法をすることはかなり困難があるようだ。しかも相手は西洋人ではなく、中華系マレー人だ。
中国語(ホッケン)を話せても漢字を理解する人は、非常にまれになりつつあり、中華系の間でも英語での会話が日常的にとびかう。ここでのコミュニケーションは、かなり変わっている。逆輸入、をもうひとひねりしたようなことをやっている。
このたびの説法の八正道、この第六に、正精進、というのがある。精進という、仏教用語でしかほとんど使われない言葉だが、これを、endeabor と和尚さんは話されていた。



より確かなことをいえば、私たちは言葉を話しているのではなく、言葉はただの便益に過ぎぬ。
言葉が体現するものは、言葉より展開される概念であるが、しかしその概念でさえ、完全なるものはない。私たちは常にどこか不足して、欠けていて、もどかしい表現方法を駆使しつつ、親和しあい、そして孤立せられている。

人が亡くなったとき、通夜のとき葬儀のときに、歌であるとか読経であるとか、こういったものを供応するのは素晴らしいと思う。人間性質の困難と矛盾を乗り越えて本能そのままに共和しあい響きあう何か、といえば、私たちに残されている表現方法は、詩歌しかないのだ。
わたしたち人間は、個々にそれぞれの精神性を保ちつつありながら、群生して生きるほかないものだが、そのなかで二枚舌やらどっちつかずやら、少しばかりの勝手や、少しばかりの協調などしながら、一日一日めぐる星辰のもと、生きてゆく。
読経や歌、詩歌というものは、ある種の麻酔剤といっていいものかもしれないが、しかし美しく哀しいものに憩いを求めることは、人間性の自然である。

最も苦しく、哀しく、強く、美しく、そして温かいのは、人の葬儀のときかもしれぬ。
唐突ではあったが、子供たちによい経験をさせられたと思う。














| 旅行記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
ペナン一念寺 〜2011・年越し 10:14

 大晦日は、一路マレーシアはペナン島へ。
ペナン島にある法華山一念寺というところへお参りに。
ここの住職さん(日本人)とは、以前インドの寺の法要で知り合ったのだが、関西出身、私と同年代にあたり、なんとなく親しみがある。今回もきさくに承諾してくださった。

バンコクからエアアジアのフライトは日も暮れる頃にペナンに着く。
空港へ迎えにきてくれたおじちゃん、おばちゃんは、早速その足でペナン名物、ラクサを食べに連れて行ってくれる。

どろどろのラクサ、ホッケンミー、クイッティヤオなど
このラクサに関しては、おばちゃんがいうし、私もそれに同意するのが、ペナンの山に観音寺(コクロックシー)というのがあって、その観音寺のふもとにあるラクサが一番おいしい。



さて法華山一念寺。



お勤めが終わり、夜も更けて、除夜の鐘をつく。みな、並ぶ。



年越しの勤行は、かなりの時間がかかるので、夜も更けてからホテルに移動するのに躊躇していたのだが、和尚さんも勧めてくださったのでお寺に泊ることになった。

(えーーー、たばこも吸えない、お酒も飲めないではないかっ)
など思っているのかどうなんか・・・・・・・なんともいえない苦渋の顔をしてグズグズ渋る夫を説得して、いや、もう無視して、ありがたく一念寺で宿泊させていただくことに。


新年1月1日の朝は、お寺で粛粛と迎えました。












| 旅行記 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by シラチャのたまてばこ
| 1/28 | >>
codebase="http://download.macromedia.com/pub/shockwave/cabs/flash/swflash.cab#version=6,0,29,0" width="150" height="150">