シラチャのたまてばこねこ二匹+むすめ三人+妻+夫の生活大変記

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カメラ 10:30

 

昨晩、携帯電話をスラれてしまいました。
(やっぱりね、携帯との相性はほんとに悪いんやわ。これで私の元から巣立っていった携帯は何個目やろう?)

ウエストバッグのポケットに入れていたんですけれどね、
ポケットといっても、ふたもついてるんですけど。
なんか、"そういう一瞬"がありました。
混雑しているからとはいえ妙なくっつきかた、すれ違い方をする人がいるな?、と思ったときウエストポーチが横にずれたような瞬間があったけれど、アホなことに気にせんかったんですよね。

家に帰ってきて、「あっ、わたし携帯ないわ!ちょっと探す!!」あせって、かばんをひっくり返したり、夫の携帯から私の番号にかけたり(電源切られて通じません)、そういう私のアタフタしている様子を見るに見かねたのか、夫が
「その、携帯電話をなくすっていうのは、そんなに大変なことなのか? なんかすごく大事なものなんか?」

と真顔でいうんで・・・いい感じに気が抜けて楽になりました。
この人は何事もこんな感じで。

DTAC(電話会社)のコールセンターに連絡して、SIMカード機能を使えなくしてもらって(遠隔ロックっていうんでしょうか)、明日、同じ番号でSIMカードを再発行するから取りに来てくださいっていわれました。

えーっ タイもすすみましたねー?
もひとつ気が楽になりました。

・・・・・

携帯電話のカメラ機能、これで日常のこども達の様子をパチパチ撮っていたんですよね。電話機能は、私はほとんど使わない。

携帯電話のカメラ機能が発達してきたのは、三番目のテポの時代以降。1〜2年前くらいからじゃないかな。ただ撮れればいい、っていうんじゃなくなってきた。
上のチビも真ん中のベビも、ニコンF を使ってリバーサルフィルムか白黒フィルム を使ってアルバムを造ってきました。
しかしこのリバーサルフィルム、フジのVELVIAというのが気に入っていましたが、
リバーサルの中でもこれが一番高い上に、現像代もまた高い。
信頼できる現像所がバンコクにしかない、というので、てまひまもかかる。

あっさり時代の波に飲まれて、テポのときから、利便性の面から携帯カメラに転向したわけでした。
しかし画質の違いが歴然としているので、いつか大きくなったテポに「なんで私だけこんなん?」といわれたらどうしよう、と思っていたのは確か。


携帯電話との相性の悪さはこれでハッキリ証明されたようなものなので・・・
じゃ、やっぱりこの子の出番か






このカメラに関わると、まずお金とテマヒマがかかってしようがない。
学生時代のときは、そういうテマヒマが楽しくてしようがなかったけれど、
今ははっきりいって手間。

ま、しかし、そんなら、またがんばります。








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喫茶店 01:01

 


新しいカフェが近所にできました。
「喫茶店」かな。

昼間、暑くて子供も外で遊びようもなし、家にいてもつまらないし、ということで、カフェなどに行くようになりました。
子供たちはココアやミルクティーを飲むようになって、ちょっとしたお茶菓子をつまみながらくつろぎます。
まあ、マッタリできない例外の一番末の子、テポもいますけれど、ホットミルクを飲ませれば、あっけなく気絶(就寝)するときもあり。

おのおのが自由な時間を過ごせるという、カフェの醍醐味を思う存分味わうことができます。
で、私はだいたい読書か書きもの。





この新しい喫茶店、名前はわからないけれど、ブランコがありました。緑も多い。
コーヒーはチェンマイ地方産のDOICHAAN(ここいらじゃちょっと名が知れているブランド)で、ちょっと苦味のある濃さが特徴です。


さーーーーーーて

ここに夫を連れていったらどうなるやろう

以前、夫を午後のカフェに連れてゆきましたけど・・・

「俺はこういうところで、どうしたらいいんだ。」

「コーヒーでも飲んだらええやん」

なんで飲むんだ

「なんでって・・・じゃ、何飲みたいわけ?」

「・・・水」

といったようなヤリトリがあって、私はコーヒーを、彼は水を飲み、それこそマッタリしている私の目の前でマダデスカマダデスカ、と身体をプルプル震わせて、それがあんまりむなしそうで・・・
はじめは見ないふりをしていた私もちょっと気の毒になってきて、それ以来、彼をカフェに誘わない。

と、うっかり今日、
すてきな喫茶店ができて、ブランコもあって子供もよろこぶんよー、と誘ってしまいました。
「いいよ・・・がんばる」

という彼らしい返事が返ってきましたね。なんか、悪かったな。



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黒猫ノン 04:30


猫の黒いほう、ノンという子が、いなくなってしまいました。

以前はベランダには厳重な柵がしてあったんだけれど、壁の塗り替えのときに、はずされてしまい、そのまま放ったらかしになっていて、隣のベランダへちょっとジャンプすれば行けそうな感じになっていました。
で、ノンは行ってしまったらしい。

初日は、「あした帰ってくるやろ」
と、放っておいた。

ところが、2日目の夜になっても帰ってこない。
夕方、主人がノンの絵を描いた。

"探し猫" のポスター(300Bの褒章金あり)

・・・と、従業員たちは涙を流して、笑っていました。
これじゃ犬だって。 
いや、犬でも猫でも、それ以前にこの絵の下手さ加減はどうか、と。







これでも夫は中学校、高校共に、美術は5だったらしい(5段階で)・・・

白猫リンは夫似で、おっちょこちょいでヤンチャ。
黒猫ノンは、私似で、不器用で独り好き。

私はノンをほんとうに好いていたので、2日、3日と経つうちにだんだん心細くなってきて、最後には、手を合わせて祈るような気持ちで、ノンの無事を願いました。

と、4日目。わざわざ早朝に起きて、ノンを探しまわっていた夫が、
隣のロッキーん家の5階ベランダに挟まっているノンを発見。
無事、帰還となりました。





寝椅子でゆったりくつろぐノン ↑

なでようとすると嫌がるし、
一緒にいるときは少し距離をおいた感じで座るくせに、
出かけると玄関まで見送り、帰って来るまで玄関にへばりついていたりする。
なんとも微妙な感情表現をする子で。


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ユーちゃんが来た 11:32


1月も中旬が来ようというころ、
店にユーちゃんがたずねてきてくれた。

ユーちゃんというのは、昨年10月にサルナートの日本寺でたまたま一緒になった日本人女性。
最近タイに入国し、私に会いに来てくれました。
彼女は自転車で旅行をしていて、日本を出発したおととしから、東南アジアを巡り、それから中国、チベット、ネパールを経て、インドにくだり、たまたまサルナートで私と出会ったというわけ。

香港---カンボジア---ベトナム---タイ---ラオス---中国---チベット---ネパール---インド---再びタイ---マレーシア---タイ → これから台湾 → この先、未定 日本?

すさまじいルートですね。

これがユーちゃんの自転車。






野宿用テント具も、なべかま自炊用具もあるそうです。
自転車の修理から、タイヤの換えから、なんでも1人で・・・大変でしょうね。

彼女は実はタイ語の読み書きができるので、店の雑用なんかもいろいろ手伝ってもらい、1週間我が家に滞在して、今朝、出発してゆきました。
彼女の泊まった部屋を点検すると、度の強そうな眼鏡が置き忘れてあり、
私は20分遅れで、すでに出発してしまったユーさんの自転車を、これまた、自家用折りたたみ式簡易自転車で追いかけましたよ。
間に合った。




愛煙家で大のビール好き、自分の好きなペースで旅行したいがために、自転車という手段を選び、休みたいときに休み、寝たいときに寝、移動するときに移動し、というなんともまあ、自遊自在な旅行をしているので、旅行の醍醐味というものをあますところなく味わい、楽しんでいるみたい。
むろん、1年2年も世界を走り、旅行をするわけだから、2年くらいは日本でがんばって働くらしいのだが、・・・まあ世の中にはほんとうに色々な人がいるもんですね。

これは私がうっすら感じたことなのだが、ユーさんに限らず、長期旅行者は、まず日常の生活の場というものがない。
また日常というところで培われてくる、育てられてくる普通の感覚、また感情的な起伏というものが、いちじるしく少ないんですね。

脇へ、また後ろへ流れ去っていく風景に対し、ドライなほどの客観性をもっていて、
行動の強さ、主張の強さというところでは、他にくみさない、妥協しない。
要するにどの角度から見ても、悪い意味ではないが、孤独なのである。

自分のまわりの風景に混じることのない孤独。これは生活の場がないからだ。
ゆきたいところへ風任せのようにゆける行動力。これは、他を排して自分を確保する孤独。
要するに「寅さん」なんだなあ・・・

日常の現場というのは、協力であり、妥協であり、逡巡であり、葛藤だもの。
自分は常に生活に、眼前の風景に分け入り、交じり合ってゆかなければならないし、
地域に生き、家族のなかに生きていれば、自分は独りで勝手なことできないもんね。

「あーええなー」というのは、この一週間ユーさんに触れて出てきた本音ですが、
ですが、やはり人間は、糸の切れた凧みたいには生きてゆけないもの。
どこかにつながって根を張らないといけないですかね。

「自分探し」なんていうバックパッカー風の言葉が一時はやったけれど、自分を生長させるというところでは、根を張って生活の中に生きたほうが、はるかに育ちますね。

そして自分を探す、というところでは、たぶん本なんかを読んだほうがずっといいんじゃないか、と思う。

じゃ、旅ってなに、旅の醍醐味は? といえば、

運だめし 
運さがし


じゃないですか。

日常ではあんまり運ってもの(LUCK)を感じることはないですが、
非日常、日常から離れた場では、こういうのはよく感じさせられるもんです。
どうもこのあたりのスリルと高揚感に人は惹きつけられるようで。

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『岬』 中上健次 02:21






中上健次 『岬』

作者のつぶやきのような短いあとがきがいいですね。


ずいぶん長い間、この人を敬遠していた。
半年ほど前だったか、すでに本も購入していたのだが、やっと今手にとる気になった。

まず柄谷行人が埴谷雄高について短くまとめた「埴谷雄高とカント」なるものがあって、このときにはじめて、埴谷を正当に評価しているような人に出会ったような、そんな気分がし、柄谷に大きな関心を持った。
その柄谷が中上を高く評価しているのを、柄谷×村上龍との対談集で見かけた、という長い長いいきさつがあって、やっと中上健次にいきついたというわけである。



生活というのは、血のしがらみの中に従順することであり、
生きるというのは、自分の中の運命と葛藤すること----

『岬』のテーマは、「血と個」というところにあるのだろうと思う。
血は個に注ぎこまれ、それは深く、濃く、強く、個に浸透してゆくもの。
この血のなかに、父祖、母が、そしてきょうだいが、地域があり、憎悪と親愛がある。
個の血に対しての反抗、あらがい、葛藤、煩悶と、その断念。



村上龍が中上健次のことを「最後の純文学作家」ということを言っていたのだが、
まさにそのとおりだと思う。
久しぶりに純文学を読んだ気がした。
その重量感になんともいえないなつかしさを感じたな。

しかし、何が「純」文学なのか、といわれるとあまりよくわからないんだけれど、
やっぱり、村上龍以降は、日本文学の路線はいちじるしく変化しているわけで、
それはフリースタイルとでもいうのか、
昔の文章は(それこそ、村上以前まで)構成が堅固だった。
だいたい村上以降というのは、構成が曖昧でそもそも小説の構造自体が核を持たないようなものが多く、私が現代文学をほとんど読まないのは、その核の喪失感に不安を覚えて仕方がないからだ。


しかし、とはいっても、中上健次は過激な情念というものを描くんだな。
大江健三郎にしろ、石原慎太郎にしろ、
戦後、第三の新人とかいわれた以降の作家たちは、突如としていびつな度合いが大きいというのか、性の描写が過激なんだなーー

私はノーベル賞受賞っていうんで、大江作品をわりと多くを読んだ時期が青年期あったのだが、あまりに強烈な性描写が強く、以降、だいぶん長いこと、大江という人に対する人間的な不信感をぬぐいされなかった。それから、石原慎太郎についても、「完全な遊戯」という小作品があったんだが、それがまたひどい性の姿態を描いたもので、衝撃的だった。
当時私は高校生くらいじゃなかったんだろうか。
10代の青少年が読むべきものではなかった。

そういう意味では『岬』はいま読んでよかったんだと思うけれど、
テーマがしっかりしているだけ、
迷いなく読みこんでいけるというのはあるけれど、
やっぱり暗い性のイメージが頻繁に連想されてくるようなところがあるので、
どっちかいったら、ま、女が読むものではないもしれませんね。
少年、青年には良いかもね。




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そんなにすごいものなのかゴールドカード 02:46


たまたまカード決済のトラブルに遭遇した知人をアシストするというか、ヘルプするといった程度のことですが、そんな機会がありました。

某カード会社の海外ヘルプの電話番号にかけます。
相手が出たとたん、こちらは慣れていないもんで、「もしもし、あの、かくかくしかじかの状況で・・・」など堰をきったように状況を話し出す私に、相手の確かHさんとかいった人が、

「あの、ですね。いきなりそのようにいわれてもこちらは対応しかねるわけでして、
まずカード番号をお知らせ下さい。」

という丁寧なことばを返してくださいました。
ああ、そりゃそうだ。

Hさんの事務的な言葉は、これは絶対正しいわけなんですが・・・しかしどことなく、なんとなく、ツメターイものが感じられるというか、もしかしたらこれは私の被害妄想なのかもしれないんだけれど、でもサなんだかHさん、なんか冷たくない?って絡みたくなってしまうような変な気分になってしまいました。

そんな妄想に勝手にひたっている暇は、そもそもないわけですので、早速知人のカード番号を告げたんですよね、そして照会のため「少々お待ち下さい」といわれて電話口にメロディーが流れ始めたので、ふっと一息ついたその矢先、突如

「○○さまでございますでしょうか!
長らくお待たせ申し上げまして、大変もうしわけございません!
こちらは○○カードのHと申します!
日ごろは当カードをご利用いただきまして、誠にありがとうございます!
こちらでご相談いただきまして、できるかぎりの対応をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。本日はどのようなご相談でいらしゃいますでしょうか。さきほとお話ししてくださいましたのでは、これこれこういうご事情だということですが、このほかに何かございますでしょうか。・・・」

とかいった、なんとも窮屈になるくらいの最大級の尊敬語を連発。
明らかにさっきの応対とはちがう。
温かみ、とか、優しさ、とか、思いやり、とかいうのが感じられる(そんな気がするだけ?)のがびっくりしました。

チョットチョットHさん あなたは食えないお人よなー

これって普通カード会員とゴールドカード会員の違い?
いや 違い? じゃなくて、
ほんとにそのとおりなんだろう。
ゴールドカードの威力っていうのは、こんなにすごいものなんか。
へーっ

もしかしたら、もしかすると、・・・なんて妄想の続きが始まってしまいますが、
ゴールド会員用と普通会員用に話し方、対応の仕方まで差をつけてるんだとしたら、
そしてその話し方のマニュアルなんかもあったりなんかしたら・・・・
電話のオペレーターさんは、みんな女優ですね。



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日本人町資料館 アユタヤー 11:59

 
アユタヤーは、古の王朝でありましたから、興味深い歴史がたくさんあるのです。
加えて、アユタヤ王朝最盛期、インド、マレー、インドシナ、および中国、日本、それからポルトガル、フランス、イギリス、オランダ、ペルシャ・・・
そうそうたる国々が、ここに駐屯地を築き、商船を送り出していたのですって。

そんなこんなの知識を勉強させてもらったのは、アユタヤーの古の日本人町があったとされる場所に建設された日本人町資料館。

びっくりするほどの小規模の資料館で、博物館、MUSEUMってなイメージしていくと、これは完全に間違いなわけですが、
そしてはっきりいって、資料館に展示されてある、日本の商船につまれていた扇子、とか、刀、とか、織物、そういった品物は、どうみたって現代ニッポンから持ってきたようにしか見えない代物。チョットチョットこれプラスッチックじゃない、この刀・・・突っ込みもいれたくなるんですが、もうタイに住むこと幾年、こういうことをタイは平気でやっちゃうんで、何にもいわずにスルー。

1分もかからず見てまわれる展示品群を通り過ぎて、
ムラムラと50バーツの入場料の設定に対する怒りを覚えてきたのですが、
突如出口左手の壁一面を覆う、そんな疑惑を払拭してくれるかのような、充実した西欧東洋タイ史、時系列の歴史年表。




↑ 壁一面にひろがる年表に見入る夫(テポつき)

広大な資料のほんの一部をカメラにおさめました↓






万治2年 アモイから派遣されたイエズス会教父がアユタヤ在住の日本人キリシタンを励ます。


寛文2年 フランス外国殿堂教会の教父ド・ラ・モット・ランベールはアユタヤにおける日本人キリシタンの存在について報告。



こんなのが書いてあるよ!!
この時代に書かれた文書がそして、ニッポンジンの消息が残ってるねんやわ!!

夫婦ともどもに大興奮・大感激しながら、それからゆうに1時間ほどはへばりつくように壁に見入っていたかもしれない。

チビ、ベビ、テポには、子供用につくられたのかもしれない、日本とシャム国との貿易について、また山田長政についてのわかりやすいアニメが放映されているブースがあって、そこで楽しんでいたよう。

この資料館に行かなければ、アユタヤーの日本人町、それからアユタヤーという王朝時代に各国が競い合った商業、貿易について全然わからなかったです。
ちなみに日本人町の運河を挟んだ向かいにはオランダ人町があり、また離れたところにはイギリス宣教師たちの居住区があり、ってな具合で、往時をしのぶものは今は何も残されていない(その後、アユタヤ王朝はビルマとの戦争によって廃れた)のは残念ですが、
ポルトガルか、スペイン人かが書いたアユタヤーの古地図がありましたね。

ここにははっきりJAPONEISという居住区が記載されている。
最盛時1500人ほどの日本人が住んでいたらしい。
しかしその後、山田長政が南のリゴールへ追放され、日本人町は突如、襲撃されるという憂き目に遭うんだけれど、事前に察知した日本人たちは、カンボジアに逃れたらしい。
その後、彼らの行方は杳としてしれないんですって。

カンボジア、ベトナムなどで現地人に交わって生きていったのか、中国まで上り、日本へ帰った者もいたのかなー・・・・・・

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2010年初春 アユタヤー 00:59


われら一家は12月31日にシラチャを出発。

1月1日をアユタヤで迎えました。





アユタヤーは、世界遺産になっていたんですね。
ロマンを感じさせる廃墟、荒れた寺院郡がいっぱい点在していて、私はワクワクドキドキだったわけですが、
・・・こういうところではお決まりの、

タイ人 10バーツ
外国人 50バーツ

というチケットの理不尽さ、不可解さ。
(インドでもあったんですよね、こういうの・・・)

もともとは一律50バーツのところ、地元人を特別に安く10バーツにしているのか。
それとも、もともと10バーツのところを、外国人にはさらに40バーツふっかけているのか。

どうせおそらく後者なんだろうが・・・・

が、しかし。
動物園へ行っても、博物館へ行っても、タイの運転免許証を見せると、タイに住んでいるとみなされ(当然だ)、またタイで税金を払っているとみなされ(事実払ってる)、タイ人料金になる(妥当です)ので、今回もヤレヤレまたかーと思いつつ、運転免許証を見せて、10バーツを払おうとしたところ、・・・・・どっこい、頑としておばちゃんは我らは外国人だと言い張って譲らない。

すごく無教養そうな(失礼)、一見してパートだと(?)わかるような
50過ぎの英語がまるきしダメというおばちゃんで、
こちらがタイ語で話しているにもかかわらず、
そういう戯れ言には耳も傾けないというつもりなのか

「ユー、フイフチーバー! ノー! ユー! フイフチーバー!」

と連発するんである。負けていられない。
元旦から戦闘態勢に入ろうとする私を後ろから夫が
「気持ちよくいこーぜ、たいしたことないからさ」と諌め、、さっさと100バーツ払ってくれたのだ。
しかし、こういうのは女の悲しいサガとでもいうんだろうか、なかなか鷹揚にはいかないんだなぁ。

たいしたことない額なんだか、いやしかし、ほんとに大したことなかったのか、なんとも納得ゆかぬ80バーツのゆくえではある。
(チョットチョットおばちゃんのポケットにちょっとは入ってるんじゃないか、いやま、どーでもいいんだけどサ・・・)

元旦からそんなこといってても始まらない。
子供の笑顔はプライスレス、というんですか、いやまさにそうですね。

朝はベランダでまったり、午前中はプール、午後は観光、夜は特別にホテルでテレビ鑑賞(わが家では昨年秋からテレビ禁止になった)ということで、子供はニッコニコでした。
アユタヤは自然が多い。
ホテルの部屋のベランダ下は運河になっていて、虫・鳥・犬猫・昆虫などなど、いろいろな音が聞こえて、興味深そうにしていた子供たち・・・これは親としてはうれしかったですね。










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年末 20:22

 
さあ、今日はもう店じまい。
家も大掃除。

明日からは、古都アユタヤーへ。
今年のわが家の年末年始はアユタヤーになりました。

アユタヤーには貸し自転車さんがあって、なんでも、遺跡を自転車でまわって楽しめるそう。うわー楽しそう、とっても楽しみにしています。
チビ、ベビは、日常生活では、すでに荷台に乗ったりしているので、大丈夫ですが、
しかし、問題はテポです。
で、さっそく、テポ用の、前のせ子供用椅子を購入。
140Bなり。

これは、イルカさんという人のブログから拾ってきた写真であります。
子供用前のせシートというのは、こんなのであります。




いす


ちなみに、イルカさんのところでは、3ヶ月で壊れたらしい。
2日か3日まわるだけだから、壊れないだろう、いや、壊れないでくれ・・・
とタカをくくってみたものの、どうも不安で。
最悪、自転車は中止、車で廻るということになりそう。

アユタヤ、自転車・・・という語を検索にかければ、たくさんヒットしますが、子連れ、自転車、アユタヤ、ではぜんぜん何も出てきません。

もしや、子連れでアユタヤ市街を自転車でまわる人はいなかったのでは?
うちらが第一号ということになるのか?

おおかれすくなかれ、イメージ通りにはいかない珍道中にはなるでしょうが、
できうるならば、私+テポ前のせ+チビ後ろのせ、
夫+ベビ後ろのせ
なるサイクリングツアーを敢行したいと思います。

トゥクトゥクをチャーターしたって値段はしれてるわけだし、
そもそも自家用車があるならわざわざなんでレンタルサイクルで?という意見も聞こえそうですが、
わざわざヘトヘトになって得られる満足だってあるんだということで・・・


ところで2010年は
12月31日夜更けから新年1月1日未明にかけて満月になるという吉祥めでたきハジマリの年。
なんとなく空を見上げたくなります。
アユタヤは星もきれいかな。









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タイならではだと思う(たぶん):ジェリーアイス 00:14

 
このアイス。





このアイス、ただのアイスと思いきや、なんと、アイスの周りがゼリーでくるまれてます。

下のほうはまだ凍ってますが、上のほうはチビがぱくついたりしていたため、ゼリーが溶けはじめて、テレンとかたむいていますが、アイスはこの中に包まれてあります。

したがって、どんだけ時間がたっても溶けない。
ということは、
手がべたつかない。
突然、半分割れて落っこちたりしない。

以前、ダコ(バンコクのフリー誌)でこのジェリーでくるんだアイスの記事を読んだことがあって、すごく印象に残ったものでした。
その後一度だけ偶然、動物園で買ったのがこのジェリーアイスだったことがありました。しかし、それ以来お目にかかれなかった。
じつは、けっこう地道に探していたりして・・・

それが今夜、手押しのアイスクリーム屋さんが通りかかってたまたまチビが選んだアイスがこのジェリーアイスでした。

再会の喜びをパチリ・・・
しかし、またこのジェリーアイス(これは私の勝手な命名)、
正式名称を聞くのを忘れました。
よって、次、いつ出会えるかまたわからなくなりました。




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